大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5336号 判決

原告 中原清一

被告 田尾登喜三

主文

被告は原告に対して金二五万四〇〇〇円とこれに対する昭和二九年六月二日以降支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金八万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

原告は、主文第一項及び第二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被告は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

第二請求の原因

(一)  訴外中原秋子は昭和二八年五月二九日に金一万六〇〇〇円及び同年七月三〇日に金五万円を、訴外中原ゆり子は同年三月三〇日金一万円を、訴外鵜木しま子は同年六月一六日に金八〇〇〇円及び同年八月一五日に金五万円を、訴外飯母文義は同年五月二五日に金二万円及び同年七月二五日に金一〇万円を訴外富士相互株式会社に出捐した。

これらの出捐は、いずれも訴外会社に対する出資の形式をとつているけれども、これに対しては謝礼の名目を以て毎月月二分五厘の割合の金銭の支払をなし、しかも、一ケ月以上の期間をおいて返還を請求するときは、出捐した金銭の返還をうけることができる約定になつていたのであつて、出捐者は、すべてこの点に着眼し、銀行又は郵便局に預金すると同様に考えていたのであるから、結局高利預金の実体を具えるものというべく、法律上は、金銭の消費寄託又は消費貸借をしたものというべきであるから、出捐者は、それぞれ訴外会社に対しこの出捐によつて出捐金に対する返還請求権を取得したものということができる。

(二)  飯母文義は、昭和二九年一月三〇日、中原秋子、中原ゆり子及び鵜木しま子は、同年二月一日それぞれ原告に対し前項の返還請求権を譲渡したところ、訴外会社は、同月一七日原告に対しその譲渡を承諾した。

(三)  被告は承諾のあつた現場において、個人の資格を以て訴外会社の原告に対する各寄託金返還債務について、原告との間にいわゆる免責的債務引受契約を結び、かつ同年三月一八日までにこれを完済すべきことを約した。

(四)  そこで、原告は、右債務引受及び履行の約定に従い、被告に対し金二五万四〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和二九年六月二日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁並びに主張

請求原因(一)のうち金員出捐の事実を認めるが、その余の事実は否認する。同(二)のうち債権譲渡のあつたことは不知、その他の事実及び同(三)は否認する。

訴外会社は、いわゆる株主相互金融方式による貸金業者であつて、原告主張の各出捐は、形式、実質とも訴外会社に対する出資にほかならない。

即ち各出資者は、出資によつて、その金額に相当する訴外会社の株式を譲り受けて株主たる地位を取得したものである。したがつて、出資又はその譲渡は、株式の取得又は譲渡であるから、指名債権の譲渡におけるような通知、承諾の問題を生ずる余地はなく、また、各出資者の訴外会社に対する権利は、利益配当、残余財産分配の請求権の如く抽象的なものであるから、これに対応する訴外会社の各出資者に対する債務は、法律上の手続を経て具体化しない以上被告個人において引き受けることのできないものである。

また、昭和二九年二月一七日被告が原告と会談して原告主張のとおり金銭の支払の約定をしたことはあるが、それは、訴外会社の代表者たる資格においてしたのであつて、被告個人としてしたものではない。

仮りに、原告の事実上及び法律上の主張が正当であるとしても、

(一)  訴外会社は、貸金業等の取締に関する法律第二条にいう貸金業者で、同法第七条の規定により、何らの名義をもつてするを問わず、預り金をしてはならないことになつているから、本件預金行為は、まさしく民法第七〇八条にいわゆる不法原因給付であるというべく、右預金の返還を求めることはできない。

(二)  本件各出資者は、訴外会社がかの保全経済会のあおりを受けて昭和二八年一一月いらいその業務に頓挫を来し、ついに昭和二九年二月営業を停止するのやむなきに至るや、原告と相謀り、原告をして訴訟行為をさせる目的で、原告に対して前記債権を信託的に譲渡した。したがつて、本件債権譲渡は、いわゆる訴訟信託として、無効である。

(三)  本件債権譲渡に関する訴外会社の承諾は、確定日附のある証書をもつてしたものでないから、譲受人である原告は債務者以外の第三者である被告に対抗することはできない。

(四)  本件債務引受は、もつぱら原告の被告に対する強迫によつてなされた意思表示に基くものであつて、被告は、昭和三〇年二月三日の本件口頭弁論期日において右意思表示を取り消したから、右債務引受を前提とする原告の本訴請求は失当である。

よつて、原告の請求に応ずるわけにはいかない。

第四右に対する原告の反論

訴外会社が貸金業者であることは認める。したがつて、預り金を禁止されていることは、被告の主張のとおりであるが、訴外会社は、右禁止を免れるための脱法行為として、いわゆる株主相互金融形式を以て各出資者から本件預金を吸収したのであつて、不法原因は、もつぱら訴外会社にあつて、各出資者にないから、本件預金は、民法第七〇八条に規定する不法原因給付ではない。

本件債権譲渡が訴訟信託行為であること、及び本件債務引受が強迫による意思表示に基くものであることはいずれもこれを否認する。

第五証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因(一)のうち各出捐者が原告主張のとおり訴外会社に対し金銭の出捐をしたことは当事者間に争がない。この争のない事実に、成立に争のない甲第五号証の一ないし八及び証人中林滋人の証言を併せれば、訴外会社は、出捐金を分割して払込んだ者には株券引換証を渡し、出捐金を一時に払込んだ者には出資証を渡したことを認めることができ、文書の体裁、形式等からして当裁判所が真正に成立したものと認める乙第一五号証ないし同第一七号証の各証に前記証人の証言及び被告の本人訊問の結果を合せ考えれば、訴外会社では各出捐者のために株主名簿及び株券台帳の記載をなし、かつ株券の名義書換をしていることを認めることができ、被告の本人訊問の結果によれば、訴外会社は、名義書換のために出捐者から株券を預り、定款の定にしたがい、毎年定時に株主総会を開催したことを認めることができ、原本の存在及び成立を認める乙第五号証、同第七号証の一、二、同第九、第一一号証の記載によれば、株主総会の開催については右認定を裏書するかのようである。

飜つて証人中林滋人の証言及び被告の本人訊問の結果によれば、訴外会社においては、出捐の申込があつたときは、あらかじめ、会社役員等縁故者引受によつて発行した株式を出捐者に取得させる仕組をとつていたので、出捐者の増加につれて新株発行と授権資本の増大とが交互に繰り返されたことを認めることができるのであるが前掲乙第五号証、同第七号証の一、二、同第九、第一一号証その他被告の援用する証拠によるも、授権資本変更等の総会が各出捐者に対する適法な招集手続をとつて開催されたことを認めることができず、証人飯母文義の証言及び原告本人訊問の結果によれば、この点では出捐者を株主として遇することは殆ど顧みられなかつたのではないかということが推測される。しかも、前掲中林滋人の証言及び被告の本人訊問の結果によれば、訴外会社に対する各出捐は、株式買戻の形式をとつていたとはいえ、一定期間経過後は、出捐者の申出によつて自由に全額返還をうけることができることとなつていたことを認めることができる。右証言及び本人訊問の結果中にはこれは再び会社役員等縁故者が買戻しておいて、一般第三者が更めて買いとるのであつて、会社はその斡旋をするものである旨の供述があるけれども、これは容易に信用することができず、結局つぎの出捐者の出捐金によつて訴外会社が盥廻し的資金繰作をしたものというべく、形において商法二一〇条に定める自己株式取得の禁をおかしたこととなる結果を回避する策と認められる虞十分である。したがつてこの出捐金返還の点は、本件各出捐者の出捐を訴外会社の株式取得のためにしたものと認め難い第一の事由というべきである。つぎに、同じ証拠によれば、訴外会社は、出捐者に対し配当、株主優待金又は謝礼の名目を以て各出捐金に対する月二分五厘ないし三分の歩合金を毎月支払つていたことを認めることができる。若しこれを法律上株式配当とするならば、各期末の会社作成にかかる計算書類殊に損益計算書中にその科目の計上があるべきであるのに、前掲乙第五号証、同第七号証の一、二、同第九号証及び同第一一号証の記載によれば、訴外会社においては第一期から第四期まで(昭和二六年五月一五日設立から昭和二八年九月三〇日まで)に利益を計上しているのは、昭和二六年五月一五日から同年九月三〇日までの第一期だけでその金額一四万四八〇〇円のところ、うち八万六〇〇〇円を配当として処分する取扱をしているのみであるが、被告本人の供述によれば、訴外会社は全然利益を挙げることができなかつたことを認めることができるから、この記載は措信し難く、他に本件各出捐者の出捐後利益の計上及び配当をしたことを認めるに足る証拠はない。しかるに、証人飯母文義、同町田邦之助の各証言及び原告の本人訊問の結果によれば、訴外会社は、第二期以後に出捐した本件出捐者に対し、決算期にかかわらず、毎月訴外中林滋人を通じ前期歩合金を支払つていたことを認めることができる。しかも、前掲中林滋人の証言及び被告本人の供述によれば、訴外会社は各出捐者に対し出捐金額に応ずる一定の金額を出捐者の申込によつて貸し出すこととしていたのであるが、この貸出をうけた出捐者には前記歩合金の支払をしないこととしていたことを認めることができるのである、しかし、このようなことは、出捐者を株主とみる場合には株主平等の原則に反し到底許されうべくもないことである、歩合金が株主優待金又は謝礼の名目で支払われたとしても、すでに配当でないということになれば、それは本件各出捐者の出捐を株式の取得と認めなければならない法律上の事由とはいえない。したがつて、この歩合金支払の点は、出捐者の出捐を訴外会社の株式取得のためにされたものと認めることを妨げる第二の事由というべきである。

以上の次第であるから、本件各出捐者の出捐は、これを訴外会社の株式取得の対価の支払としてされたものと認めるをえないわけであるが、証人飯母文義の証言及び原告の本人訊問の結果によれば、銀行預金等と均しく投下資金の全額を回収することができ、しかもこれに対し市中銀行の預金では到底期待することができない高率の歩合金をえられる点を重視して出捐したものであることを認めることができると同時に原本の存在及び成立を認むべき乙第一三号証によれば、訴外会社は金銭の貸付を業とする会社でありながら前掲乙第五号証、同第七号証の一、二、同第九、第一一号証の記載によれば、貸付資金を前記株金名義でする出捐にたよる外格別の手当をしていなかつたことが容易に看取され、これらの諸事実からすれば、これは一に貸金業等取締に関する法律第七条の規定する預り金の禁止を免れる方便であつて、真実は不特定の多数人から貸出資金を吸収することにあつたと推断される。したがつて、本件各出捐者の出捐は、月二分五厘ないし三分の利息を附する約定でなされた預り金であると解するを相当とすべく、しかして預り金は、特別の事情のない限り、原告主張のとおり消費寄託と解するを相当とするから、結局本件出捐は、金銭の消費寄託としてなされたものというべきである。その貸金業等取締に関する法律第七条の規定に違反すること明かであるけれども、この規定は、取締法規であつて、しかもこれに抵触する法律行為を無効とする趣旨ではないと解するを相当とするから、訴外会社は、右法条の規定にかかわらず、本件出捐により各出捐者に対し出捐金を返還すべき債務を負担したものといわなければならない。

二  証人飯母文義の証言により真正に成立したと認める甲第一号証の六、七、同証言並びに原告の本人訊問の結果によれば、飯母文義は昭和二九年一月三〇日その預り金債権を、中原秋子、中原ゆり子及び鵜木しま子は同日及びその頃それぞれ本件預り金債権を原告に譲渡した事実が認められ、原告、被告の各本人訊問の結果によると、被告は、訴外会社代表者として、同月一七日原告に対して、右の各債権譲渡を黙示的に承諾したものと認めることができる。

そうして、成立に争のない甲第二号証の二、第六号証並びに原告の本人訊問の結果によれば、訴外会社は、保全経済会のあおりを受けてとみに経営難に陥り、ついに昭和二九年二月六日会社債権者に対して爾今一切の業務を停止する旨の通知を発するまでになつたので、原告において同月一七日当時訴外会社の代表取締役社長であつた被告を相手として交渉したところ、被告は、個人として、本件各預り金債権及び原告と訴外会社の間に直接成立した金一〇万円の同種債権合計金三五万四〇〇〇円の支払債務について、債務引受をしたうえ、弁済方法として、同月一八日、二八日、同年三月八日に金一〇万円ずつ、同月一八日金五万四〇〇〇円を支払うべきことを原告に約束した事実を認めることができる。被告の本人訊問の結果中これに反し会社として約束した旨の供述があるけれども、被告本人の供述中には当時すでに訴外会社において一般的支払停止をしていた旨の供述がある。かかる事態において会社との契約で原告がたやすく納得したとは考えられないから、会社との約束である旨の供述はたやすく信用できないところであり、ほかに反対の証拠もない。

三  そこで被告の予備的主張について判断する。

(一)  本件預り金は、すでに説示したとおり、訴外会社についていえば、貸金業等取締法第七条及び第一四条の禁止規定にふれる違法行為であること明かであるが、禁止規定を離れた預り金自体は、当代の倫理感覚に背く醜悪な行為ということができないから、民法第七〇八条にいわゆる不法原因給付に当らないものといわなければならない。被告の主張は採用しがたい。

(二)  原告の本人訊問の結果によると、訴外会社がその業務に頓挫を来し、本件預金の元本の返済が気遣われるほどの状態にあつたので、原告は、自己の勧奨によつて本件預金をするに至つた各出捐者に対し責任を覚え、こうした顧慮からその対価を支払つて各債権の譲渡を受けざるを得なかつた事情が認められるけれども、これをいわゆる訴訟信託とみるべきなんらの証拠もないから、この点に関する被告の主張も亦採用できない。

(三)  民法第四六七条第二項にいわゆる第三者とは譲渡債権そのものについて譲受人の地位と両立しえない法律上の利益を取得したものを指称するところ、被告は、本件債権につき債権譲渡の後に譲渡を認めて債務引受契約をしたものであるから、譲受人たる原告と両立しえない地位を有するものというをえず、右にいう第三者に当らないものといわなければならない。被告の主張は理由がない。

(四)  被告の本人訊問の結果中原告が被告に対して金を返してくれなければ、被告の子供を片端にする云々と強迫した旨の供述部分はこれと相容れない原告の供述に照らしてそのまま採用できないし、ほかに立証もない。したがつて、本件債務引受が強迫による意思表示に基くことを前提とする被告の主張は排斥を免れない。

四  そうすると、原告は、被告に対して、本件各預り金債権に基いて合計金二五万四〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日であること一件記録によつて明白な昭和二九年六月二日以降支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるわけである。

よつて、原告の本訴請求は正当として認容し、民事訴訟法第八九条第一九六条の規定を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 小川善吉 花淵精一 中川幹郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例